創価大学 桑原ビクター伸一 教授 へのインタビュー

桑原ビクター伸一 教授 へのインタビュー

桑原ビクター伸一 教授
創価大学 理工学研究科 環境共生工学専攻 所属
生物海洋学・海洋光学研究室
(LaBO2:Laboratory of Biological and Optical Oceanography)

<主な研究テーマ>海洋生態系における光学様相
NPECと創価大学生物海洋学・海洋光学研究室(LaBO2)は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の第4回地球観測研究公募で採択された2つの研究提案「沿岸生態系における気候変動影響モニタリング:AI科学を活用したGCOM-Cと現地観測の統合」(LaBO2)、「GCOM-C SGLIデータを用いたSDGs 14.1.1a 地域サブインディケーター(沿岸富栄養化指数)の開発」(NPEC)において協力関係にあります。

Q 桑原教授の研究室の研究内容について教えてください。
LaBO2では、大きく分けて二つの柱で研究を進めています。一つは、神奈川県真鶴沖に設定した定点「ステーションM」での長期にわたる海洋環境観測です。ここは私が修士課程の学生だった頃から30年近く、毎月欠かさず水質観測を行っている地点で、現在まで35年以上のデータが蓄積されています。

Q 35年とは驚異的な長さですね。観測について教えてください。
Q 具体的には、CTD装置(塩分・水温・水深計)を使い塩分、海面水温(SST)、クロロフィルa濃度を観測しています。また、水中の分光放射を計測したり、海水のサンプルを採取して栄養塩やIOPs(固有光学特性)の分析も行ったりしています。特に、姿勢制御のためのスタビライザーと浮きを装着した水中分光放射計(PRR800)を使うことで、精度の高いQA(品質保証)/QC(品質管理)データが取得できるようになっています。また、多波長励起蛍光光度計を用いて植物プランクトンの蛍光特性を測定し、生物量(バイオマス)や群集組成の推定にも取り組んでいます。これらの現場データは、地球観測衛星「GCOM-C」搭載のSGLIセンサーのデータ校正・検証に活用されています。

サンプル水の分析装置

PRR800

多波長励起蛍光光度計


Q まさに、衛星データと現場観測の融合ですね。もう一つの柱についてもお聞かせください。
Q もう一つは、近年喫緊の課題となっている海洋プラスチック問題に関する研究で、私たちは「海洋ヒッチハイカープロジェクト (OHP:Ocean Hitchhikers Project)」と呼んでいます。この研究は、東南アジア地域を主な対象として、海洋を漂うプラスチックごみが有害微生物の移動媒体となる可能性に着目したものです。

Q プラスチックが有害な微生物を運ぶというのは興味深いですね。研究内容についてお聞かせください。
Q 研究の目的は、海域に存在するプラスチックごみとそれに付着する有害微生物を定量化し、微生物種とプラスチックの種類との相関性、その季節的動態を明らかにすることです。
研究手法としては、実際に海洋からプラスチックを回収するほか、船舶からの観測、海岸でのカメラやドローンを使ってのプラスチックごみの観測も行っています。さらに回収したプラスチックに付着した微生物の遺伝子サンプルの解析や、特定のプラスチックを海中に浸漬して微生物の定着を調べる実験も行っています。研究を進めるには機械学習を活用して、解析精度を向上させることも必要です。

プラスチックの回収


LaBO2の大学院生へのインタビュー

ロベル・M・アシェナフィさん        (D1)

ブリトニー・A・チャングさん        (M2)

ミア・L・カステイーヨさん        (M1)

Q ロベルさんは現在、どのようなテーマに取り組んでいますか。
Q
ロベルさん
私の研究は「相模湾における海面水温(SST)とクロロフィルa(Chl-a)の時空間変動、およびそれらと環境パラメータとの関連性」をテーマとしています。相模湾沿岸域におけるパラメータの長期的な変動を明らかにしたいと考えています。

Q どのようなデータを用いて分析を進めていますか。
Q
ロベルさん
主にMODIS-AquaやGCOM-C/SGLIといった衛星リモートセンシングデータを使用しています。これに加えて、気象データや水深データ、そしてNPECが提供している「環日本海海洋環境ウォッチシステム(以下、ウォッチシステム)のデータも活用しています。

Q ウォッチシステムのデータを利用しているとのことですが、どのような目的で、具体的にどのデータを利用していますか。
Q
ロベルさん
ウォッチシステムからは、相模湾域のSSTとChl-aの時系列変化に関するデータを取得し、利用しています。特に、長期的なトレンドや季節変動、さらには異常値(アノマリー)の解析に役立てています。複数のデータソースを組み合わせることで、より信頼性の高い分析が可能になります。

Q ウォッチシステムのデータを利用することで、どのようなメリットを感じていますか?
Q
ロベルさん
リモートセンシングの技術全般に言えることですが、広域のデータが得られることが最大の利点です。現場観測では難しい広域のモニタリングが効率的に行えますし、過去のデータも豊富に利用できるため、長期的なトレンドを把握する上で非常に有効です。特にウォッチシステムは、日本周辺の海域をカバーしており、私の研究対象である相模湾のデータも継続的に提供されているため、研究を進めるには不可欠なツールです。コストと時間をかけずに効率的にデータにアクセスできる点も大きなメリットです。

Q 研究成果について、現時点で分かっていることはありますか?
Q
ロベルさん
これまでの分析で、相模湾のSSTは全体的に上昇傾向にあり、Chl-a濃度は減少傾向にあることが明らかになってきました。SSTは8月に最高、2月に最低となり、相模湾内は相模灘(外湾)よりもSSTが低い傾向が見られます。Chl-aは春季と夏季にブルーム(Chl-a濃度が急激に高まる現象)が見られ、相模湾は相模灘の2倍以上のChl-a濃度を示す月もあります。これは気候変動や人間活動が海洋環境に影響することを示唆しており、今後、詳細な分析が必要です。

Q ブリトニーさん、ミアさんは、どのようなテーマに取り組んでいますか?
Q
ブリトニーさん
私は、ウォッチシステムが提供するクラウド型藻場マッピングツール「Seagrass Mapper」を使って、マレーシアの沿岸に生息するアマモ場のマッピングを行っています。また海色リモートセンシングデータを用いてアマモ場の水質を評価し、アマモの分布域との関係を明らかにすることに興味があります。

Q
ミアさん
私はまだ研究を始めたばかりですが、富栄養化評価に興味があります。NPECが開発した、富栄養化を評価するツール「Global Eutrophication Watch(GEW)」では、海域の特性に合わせてチューニングがされたデータを使うことができると聞いています。私の出身地であるアメリカの西海岸沿岸域でも有害藻類が発生していますが、その要因の一つと考えられる富栄養化についてGEWを使って研究したいと思っています。

まとめ:桑原教授の研究室が、真鶴沖での地道な長期観測から、プラスチック問題をはじめとするグローバルな課題まで、多岐にわたる研究を行いながら、海洋環境のより良い理解と保全に取り組んでいることが分かりました。特にウォッチシステムを積極的に活用されていることは、NPECにとっても大変喜ばしいことです。NPECは、今後もウォッチシステムが様々な最先端の研究において活用してもらえるように一層の充実を図ります。(2024年12月〜2025年5月にかけて複数回にわたりインタビューを実施)